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滋賀県にある彦根城の国宝漆喰壁は

2017/12/04 漆喰・珪藻土について 漆喰とお城 漆喰の旅 漆喰の遺跡
この記事は約 7 分で読めます。

彦根城は滋賀県彦根市にあるお城です。

漆喰壁がまっ平らな感じが全体的な特徴の彦根城。

 

当初は井伊直政が築城する予定だったのですが、

1602年に関ヶ原の戦いで鉄砲で撃たれた負傷が原因で死去したため、

息子の井伊直継(いいなおづぐ)が1603年に築城を開始し1622年に完成させました。

1952年に天守と附櫓、多聞櫓が国宝として指定されました。

(どこか日本の城とは違うテイストを放つ彦根城天守閣)

 

彦根城に使われている建物には

色んな城から移築したとされる伝承があります。

移築は元々のお城からの縁起担ぎもありますが、

コスト削減と工期短縮のために行われたそうです。

 

現代でも新築やリノベーションなどで使われる手法ですね!

 

 

そんな彦根城を漆喰壁を中心にご紹介していきます。

 

 

彦根城と城下町の建設は、1604年に始まり、約20年をかけて完成しました。

その中心が彦根城の本丸です。

現在の本丸には天守の建物しか残っていませんが、

藩主の居館、宝蔵、月見櫓、などが建っていました。

 

 

 

彦根城の漆喰壁を目標に大手門橋へと進む

彦根城は国宝の天守だけでなく、街ブラも楽しいですよ!
今回は彦根駅からではなく、京橋方面から行きます。

車だと京橋口駐車場がオススメ!

 

京橋から夢京橋キャッスルロードを本町方面に見る。

景観が整っていて、おみやげ屋さんや地元のグルメも楽しめます。
ちょっと路地に入った所の隠れたスポットを開拓するのもいいですよ。

 

中濠東西通りのお堀

 

旧西郷屋敷長屋門。まずはここで漆喰壁が見えます。

 

今回は大手門から入ります。

 

彦根城の内堀。この内堀は琵琶湖の水なんですよ。
中堀と同じく琵琶湖に繋がっています。

 

漆喰壁はない彦根城の大手門橋から鐘の丸に向かう

彦根城の大手門。

現代に櫓などは残っていないので、目的の漆喰壁もここでは見えません。

 

自転車やバイクの乗り入れは禁止です。
駐車場に止めましょう。

 

入城券売り場にMAPがありました。

 

大手山道。この時は業者が掃除していました。
天秤櫓に登っていきます。

 

彦根城天秤櫓の漆喰壁が出迎えます。

全面スッキリしたデザインの漆喰壁。

これは!狭間(鉄砲を撃つための穴)が無いからだ!!!

彦根城は戦う目的のお城ではなかったのか?という疑問が頭をよぎります。

 

どこを見ても狭間がありませんね。

 

スズメバチの巣はありました。漆喰壁なので目立ちます。
駆除が必要ですね。

鐘の丸から天秤櫓を見る。

 

1854年に天秤櫓を修理した際に、

石垣の半分が積み直されました。

向かって右側が築城当初からの「牛蒡積み」

左側が積み直された「落し積み」の石垣です。

 

天秤櫓の内部は漆喰塗りではない?!

天秤櫓の内側は漆喰を塗っておらず、土壁での仕上げです。

漆喰は不要という考えだったのでしょう。

井伊家は質実剛健!

 

このまま本丸に向かいます。

時報鐘。この鐘は1844年に鋳造したもの。
現在では6時、9時、12時、15時、18時の

1日5回ついているそうです。

 

往年、お城勤めだった武士はこれで時間を知ったのでしょうか。

 

 

移築した太鼓門櫓。漆喰壁は移築時に塗り替えます。

漆喰壁一面で狭間が無い太鼓門櫓。
本丸の表口を固める櫓門です。彦根城の築城時に

石田三成の城であった佐和山城(さわやまじょう)から移築されてきたとの伝承です。

噂によると佐和山城は土壁仕上げだったのだとか。。。

当時から漆喰壁は高級な建築素材だったのですね。

 

太鼓門櫓を入ると、いよいよ彦根城の本丸です。

漆喰壁の白とのコントラストが特徴的な彦根城の本丸天守。

本丸天守は3階建で3重の屋根が特徴です。

本丸天守も大津城からの移築だそうです。

大津城で使われていたときは元々5階建てだったのを3階建てに減築したそうです。

国宝の彦根城は本丸まで全ての漆喰壁には狭間がありません。

 

天守への入り口も漆喰で覆われています。

漆喰は耐火性能が強いので好まれました。

 

天守内部の漆喰壁はRが素晴らしい!

ここの継ぎ目を塗るのに苦戦しただろうなあ。

 

この三角の穴が狭間です。

彦根城の狭間は隠し狭間になっていました!

隠し狭間とは、表は漆喰壁に覆われていて狭間は見えず

いざ戦いとなれば裏に設置していた木板を突き壊して

漆喰壁に穴を開けて使用するギミックになっています。

敵はビックリするでしょう。

 

彦根城の天守内部は、敵が中に攻め入ってた場合は

階段をのぼってくる敵を、上から槍などで突き落せるように

角度を急にして(62度)つくられています。

実際、普通に登るだけでも大変なので

年配の観光客が落ちそうになって慌てていました(汗)

階段は梯子のようになっていて、

引っ掛かっているだけの構造です。

敵が登ってきたときに階段を蹴って落とせるような

仕掛けになっていますよ。

 

彦根城の本丸天守は窓の形と漆喰壁の組み合わせがデザインの特徴。

火頭窓(かとうまど)

中国の宋の時代に行われていた様式をそのまま輸入したデザインだそうです。

どうりで日本の城とはちょっと違うデザインなんですね。

 

井伊直弼の像。井伊家は代々徳川幕府の重要ポストをおさめていました。

 

国宝なのに窓にはアクリル板。

冬は寒くなくていいのですが、これはこれで何か違う気がします。

 

火頭窓が日本のお城という雰囲気を感じさせないデザインですね。

 

本丸天守からは琵琶湖に浮かぶ竹生島神社で有名な

竹生島(ちくぶしま)が見えます。

 

国宝の証。彦根城の天守は国宝なんですよ。

 

この漆喰壁を見ていると狭間(壁の鉄砲穴)が外からは見えない様に

隠されているとは気づきません。

なかなかのギミックですが、

井伊直政が関ヶ原の戦いで鉄砲で撃たれた負傷が原因で

死去したことに由来するのかなあ・・・と推測したり。

 

しかし、一回使用すると漆喰を全面塗り直さないと

敵に狭間の位置がバレちゃいますね・・・

 

 

台風21号で発生した彦根城の漆喰壁崩落した原因

ニュースにもなった一部台風の影響で漆喰壁が崩落していました。

隠し狭間の位置や構造がバッチリ分かるのを確認しに来たかったのです。

国宝でこんなチャンスは無いですからね。

 

このような古い漆喰外壁では下地が土壁です。

この漆喰壁のヒビ割れ部分から雨水が浸透し、

土壁を流してしまって隙間が発生するんです。

ここに台風で大雨を食らってしまったのが原因です。

 

 

このままだと土壁が露出しているので早く漆喰を塗った方がいいのですが、

復旧する許可が降りるのは5ヶ月後だそうです。

大人の事情はもどかしいですね。

 

 

外壁の下地が土壁で漆喰壁仕上げの家にお住いの方は

ヒビ割れを漆喰で塞ぎ雨水が入らないように対処しておきましょう。

 

このようなメンテナンスを漆喰壁が当たり前の時代には細かく行っていたのです。

しかし、知恵の伝承が途切れていますね。

 

 

彦根城へのアクセスはコチラ

車でも電車でも彦根は便利ですよ。

彦根城の地の利は戦国時代から変わっていませんね。

 

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